2016-10-27

ラヴェンナ・フェスティバル,LAWO 製品の RAVENNA ネットワーキングを採用

イタリアの都市ラヴェンナ全体が舞台となる《ラヴェンナ・フェスティバル[Ravenna Festival]》はヨーロッパの一流イベントの中でも最高ランクにありますが,2016 年のこのイベントは音声運営に RAVENNA IP ネットワーキングを多用したことが特徴として挙げることができるでしょう。
《ラヴェンナ・フェスティバル》ではパラ・デ・アンドレ[Pala de Andrè]屋内スポーツ・アリーナやテアトロ・アリギエーリ[Teatro Alighieri]と言った会場で舞台芸術が上演されます──今回,これらの会場ではLAWO『mc²36』ミキシング・コンソールと『Compact I/O』ステージボックスと RAVENNA が強力かつ柔軟なネットワークの中枢を作り上げていました。

クラシック音楽と現代音楽に SR と録音機材をレンタルする「BH Audio」社がこのフェスティバルの長年のオーディオ・サービス・プロバイダーでしたが,2016年には「Mediacare Audiovisuals」社も加わりました。「BH Audio と MediaCare とを結び付けたのは私です」と BH Audio のパートナー Massimo Carli 氏。「私は BH Audio の5人の創設者の1人であり,MediaCare Audiovisual の創設者です。

「2年前,MediaCare はテアトロ・アリギエーリの音響設置プロジェクトを行いましたが,そのとき LAWO の『mc²36』はこの劇場のニーズに合う最適なコンソールであると思ったのです」と氏は続けます。「そしてフランクフルトでの ProLight & Sound ショーで LAWO の人々に BH Audio について話しを持ちかけ,このフェスティバルやリッカルド・ムーティさんのアカデミー・コースに,それとテアトロ・アリギエーリで催されるフェスティバル最後の演目にも LAWO のシステムを使うことを提案したのです」。

Carli 氏が LAWO のイタリア・ディストリビューター「Aret Engineering」社と契約したので,この選択は RAVENNA ネットワーキング技術を初めて使用することのきっかけにもなりました。「RAVENNA を使うのはそんなに難しいことではありませんでした」と Carli 氏は言います。「必要なのは『Compact I/O』インターフェイスを1台と RAVENNA リンク用のカテゴリー 6 の配線だけでした。128 入力と 128 出力をカテゴリー 6 ケーブル1本で持てるというのは素晴らしかったです」。

Aret Engineering 社とデモンストレーター/トレーナーの Massimiliano Salin 氏が最初のセットアップを実施してから,現地で2日間の集中トレーニング・コースを行い,その後 Carli 氏はパラ・デ・アンドレとアカデミーでの作業すべてを問題なく実行できました。「この会場でかれこれ過去3年間同じセットアップを使って来ていますが,最初に私を驚かせたのはそのサウンドでした」と Carli 氏。「今まで私たちは最高級のアナログ卓を使って来ましたのでこの比較はレベルが違う製品間のものではありませんし,また PA やマイクを変えていませんが,私たちは即座に音色の違いに気が付きました」。

RAVENNA ネットワーキングが簡単だったとしても,《ラヴェンナ・フェスティバル》によってコンソールとネットワーキングに課せられる要求はかなりのものでした。「パラ・デ・アンドレでの標準的なオーケストラ演奏会では普通 60〜80 人の奏者がいて,私たちは 25〜30 本のマイクを使います」と Carli 氏は説きます。「マエストロ・ムーティが大きなオーケストラを指揮するコンサートの場合は全然違いました。二重オーケストラ──1つはイタリアのものでもう1つは日本から来たもの[訳注:日伊国交樹立 150 年記念公演のことで,東京春祭特別オーケストラ]──が最初から最後まで一緒に演奏したのでした。これは約 120 人の演奏者以外に児童合唱団と「バンダ」(別動ブラスバンド)のファンファーレということです。全部で 400 人が舞台上に登りました。この演奏会は RAI TV によっても収録されましたので,私は MADI を介して『Compact I/O』から 64 チャンネルを受け取り,さらに 28 本のマイクを追加しました──全部で 92 本のマイクを使いました」。

LAWO『mc²36』は劇場や宗教施設やライブ・サウンドや常設音響設備で使用するのに最適な機能を豊富に持つ,RAVENNA/AES67 ベースのオールインワン調整卓です。「私が正に欲するように設定する絶対的な自由をライブ用コンソールでは普通は不可能なようなパッチング能力と共に与えてくれるこのコンソールのソフトウェアの柔軟性に感銘を受けました」と Carli 氏は言います。

「『mc²36』はこの種のイベントには完璧なシステムです。戻ってから行ったいくつかの仕事も,この卓ならば違っただろうな──サウンドの見地からだけではなくシステムのセットアップと柔軟性についてもですが──と実感させられました」。

このフェスティバルは Carli 氏に某 3D サウンド・プロセッサーのテストを続ける機会も提供しました。『mc²36』は RAVENNA を介して Cat 6 ケーブルを使って『Compact I/O』ステージボックスに接続され,MADI を介してこのプロセッサーに接続されました。「私はこのプロセッサーを3年間テストしてきています」と同氏。「これは Wave Field Synthesis に基づいていますが,市販の他の WFS プロセッサーとの違いを明確にさせるような特別なソリューションを多数備えています。このシステムを開発している会社は完成するまでは公にしたくないのだそうです──計画では 2018 年にはリリースできるようになります」。

「LAWO を選んだのにはいくつも理由がありますが,次の2つは特に重要です」と Carli 氏は語ります。「ひとつはこの会社の哲学です──LAWO さんは RAVENNA のオープン・プロトコルを用いる決断をしました。金銭的ではなく考え方の理由から私は長いことオープン・ソース・テクノロジーのファンでいます。自分たちの知識を共有することによって,私たちはより速くそしてより良く成長することができますからね。第二の理由は LAWO のシステムは実に安定していて信頼できるという事実です」。

「リッカルド・ムーティさん指揮のコンサートのリハーサル中に,彼のワイフであるクリスティーナさんが FOH プラットフォームにやって来て,あなたたちは何を変えたの,と質問してきました。いつもよりも良い音がしているように感じられたからです。それでムーティさんが音はどうだったと尋ねたときに,クリスティーナさんは新しい音声卓を使っているのだそうです,と彼に伝えていました」。

ラヴェンナ・フェスティバル[Ravenna Festival]
1990 年に始まった《ラヴェンナ・フェスティバル》は毎年5月から7月にかけて,きわめて多岐にわたる音楽および舞台芸術を提供しており,その期間中ラヴェンナの街は豪華なバシリカ聖堂や歴史ある劇場,修道院,庭園,広場そして古の建物を活気に溢れた舞台へと変貌させます。
ユネスコの世界遺産に指定されたものも含むこの素晴らしい場所は古代帝国の首都としてのこの街の歴史を思い出させます。同フェスティバルの芸術監督,Cristina Mazzavillani Muti,Franco Masotti,Angelo Nicastro の3氏は文化的・芸術的に関連するテーマを中心に据えて毎年豊富なプログラムを決めています。過去には音楽史的なテーマ(『サリエリとウィーン楽派』,『ロッシーニをめぐって』,『ベッリーニとワーグナー』)や,地中海,東洋,黙示録,幻視,砂漠と巡礼,民間説話とおとぎ話や聖なるものと世俗的なものの混淆等をめぐる幻想的なテーマがありました。
1997 年以来,《ラヴェンナ・フェスティバル》は「友情の小径」を辿ってきました。それは戦争に傷ついた街に触れ,歴史を作ってきたその土地へのいにしえのつながりを再興して「友好の架け橋」を作る一連の巡礼の旅です。この旅を導くのはリッカルド・ムーティ氏とスカラ座フィルハーモニック管弦楽団および合唱団,フィレンツェ五月音楽祭管弦楽団および合唱団,ヨーロッパの主要オーケストラからの首席級奏者によるアンサンブル「Musicians of Europe United」,そして近年ではルイジ・ケルビーニ・ジョヴァニーレ管弦楽団です。
2004 年にムーティ氏によって設立されたルイジ・ケルビーニ・ジョヴァニーレ管弦楽団はこのフェスティバルのレジデント・オーケストラで,音楽学校とプロの世界との間のリンクとしてイタリア中の若手音楽家をフィーチャーしています。2012 年に同フェスティバルは,同じ舞台に3つの異なるオペラを連夜交互に乗せるという方式「秋の三部作(Autumn Trilogy)」を考案して,本来の夏の3箇月という制約を取り払いました。2015 年にはジャコモ・プッチーニとその代表作《ラ・ボエーム》へのトリビュートによって,20 世紀のオペラ劇場が多くを負っている世界的に著名なこのもう一人のイタリア人作曲家の天才を讃えました。

テアトロ・アリギエーリ[Teatro Alighieri]とパラッツォ・マウロ・デ・アンドレ[Palazzo Mauro de André]
100 年以上使われた木造のテアトロ・コミュニタティヴォが崩壊した後,ラヴェンナの行政機関は街の中心にあるスラムに囲まれたむさ苦しい一画ズヴィッツェリ広場に新しい施設を建てるようにトマゾおよびジョヴァン・バッティスタ・マドゥナ兄弟に命じました。ヴェニスで最も有名なフェニーチェ劇場の修復やヴェニスと本土を結ぶ最初の鉄道橋といった豊富な建築上の経験をつぎ込んで,マドゥナ兄弟はテアトロ・アリギエーリの作業を 1838 年に開始しました。
ヴェニスの劇場に似たネオクラシカル構造を持つこの建物はダンテ・アリギエーリに捧げられ,ジャコモ・マイアベーア作曲《悪魔のロベール》ならびにオーガスタ・メイウッドをエトワールとしたバレー《ジプシー娘》と《夢遊病の女》の上演で 1852 年5月 15 日にこけら落としを行いました。
ほぼ2世紀を超える歴史を持つこのオーケストラ・ピットと舞台と平土間は世界各地からの演奏者や著名人たちを迎え入れています──特にベネデット・クローチェ(哲学者)とそのパートナー,アンジェリーナ・ザンパネッリが 1899 年のエルメーテ・ザッコーニ(俳優)の独演会に来たり,数年後にはガブリエーレ・ダンヌンツィオ(詩人)とエレオノーラ・ドゥーゼ(女優)が《トリスタンとイゾルデ》を観に来ています。その夜,売り上げは全額市民病院に寄付されることになっていて,平土間席が4リラのところをこの詩人は 100 リラを申し出たとのことです。
同劇場は 1959 年に修復のために閉館し,8年後に再開すると国際的な名声を獲得し始めて今に至ります。2004 年2月の《リドット[賭博場]》の上演はフジニャーノでの生誕 350 周年を祝ってアルカンジェロ・コレッリに捧げられました。


(写真:©Silvia Lelli)

パラッツォ・マウロ・デ・アンドレは,洗練された建築家──何よりも 1984 年のチルコ・マッシモでの「エスターテ・ロマーナ(ローマの夏)」の設計者であるカルロ・マリア・サディチ[Carlo Maria Sadich]氏のシグネチャー的な作品です。
マウロ・デ・アンドレ(シンガーソングライターであるファブリツィオの兄で法学者)の名を付けられたこの建物は 1990 年 10 月に落成し,スポーツやビジネスや芸術等のイベントが行われています。この複合施設には優れた建築的特徴が3つあります──透明なファイバーグラス膜に覆われた網状の金属構造を持つ高さ 33 メートルの白い矩形ドーム,転覆した船の船体を思い起こさせるアルベルト・ブッリ[Alberto Burri]による「Grande Ferro R」作品,石柱と赤く塗られた鉄(地獄)とカララ大理石の柱(煉獄)と水晶の柱(天国)で作られたダンテウム[Danteum],がそれです。Elisa MontessoriとLuciana Nocturnes作のモザイクも美麗です。
この建物の内部には 3,800 席が設けられていますが,アリーナにはレール上をスライドする可動桟敷も取り付けることができ,戻せば開放スタイルにできます。同ビルディングでは毎年このフェスティバルで最も重要なイベントのいくつかが開催されています。1992 年にリッカルド・ムーティ指揮のフィラデルフィア管弦楽団によるアメリカ発見 500 周年を記念するコンサートによってこけら落としが行われました。


(写真:©Silvia Lelli)